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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)1081号 判決

控訴人 西川光男

右訴訟代理人弁護士 菅沼政男

被控訴人 森田満幸

右訴訟代理人弁護士 鈴木光友

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、請求原因2の主張の当否、すなわち、本件動産につき被控訴人がその所有権を有するか否かについて検討する

1  まず、≪証拠≫によれば、本件動産のうち、原判決添付物件目録七記載の生魚用水槽については、被控訴人が、昭和五九年末ころその所有者であつた訴外土倉賢次から贈与を受けて、その所有権を取得したものであることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、右水槽については、被控訴人がその所有権を有するものというべきである。

2(一)  次に、≪証拠≫によれば、以下の各事実が認められ、その他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(1) 原判決添付物件目録一記載のテレビは、昭和五四年四月ころ、被控訴人を買主として浜松市紺屋町二一三番地の二〇所在の訴外マツオカ電器商会こと松岡伯昌から代金一四万円で購入されたものである。

(2) 原判決添付物件目録二記載のビデオは、昭和五八年ころ、被控訴人を買主として右松岡から代金一四万円で購入されたものである。

(3) 原判決添付物件目録三記載の冷蔵庫のうちの一台は、昭和五三、四年ころ、国鉄天竜川駅前の電気器具店から代金七、八万円位で、もう一台も、そのころ、同店から代金四万円位で購入されたものであり、いずれも被控訴人が売買契約を締結したものであるが、その各領収証の宛て先は浮名寿司となつていた。

(4) 原判決添付物件目録四、五記載のおしぼり蒸し器と酒燗器は、昭和四六年ころ、被控訴人が契約を締結して東京築地の訴外丸井屋から代金合計約二五万円で購入されたものであるが、その領収証の宛て先は浮名寿司となつていた。

(5) 原判決添付物件目録六記載のクーラーは、昭和五七年八、九月ころ、被控訴人の購入申込みによつて訴外五信電機サービス株式会社から代金五〇万円で購入され、同社の工事によつて取り付けられたものであるが、その領収証三通(乙第四号証の一ないし三)の宛て先は浮名寿司となつていた。

(6) そして、以上の(1)ないし(5)の各動産は、いずれも浮名寿司店の営業用として購入されたものであり、その後も同店の営業のために使用されていたものである。

(二)  ところで、被控訴人は、浮名寿司店の実質的経営者は良子ではなくして被控訴人であつたから、本件動産の各所有権も被控訴人に属する旨主張するのに対し、控訴人は、被控訴人のこの主張を争い、浮名寿司店の経営者は良子であつたから、同店の名で購入された本件動産はいずれも同女の所有であると反論する。そこで、この点につき検討するに、≪証拠≫によれば、次の各事実が認められ、その他に右認定に反する証拠はない。

(1) 被控訴人は、昭和二三年に良子と結婚したものであり、翌二四年以降、以前から被控訴人の両親が営んでいたこんにやく屋の店舗の一部において、良子と共同で「浮名」という屋号を使用して寿司屋の営業を始めた。その後、良子は、被控訴人の勧めもあつて、自ら調理師の資格を取得するとともに、保健所へも同女が営業主である旨の届出をしている。

(2) 良子は、浮名寿司店において、昭和三六年ころまでは調理自体の手伝いをしたこともあつたが、その後は客にお茶やおしぼりを出したり、食器類の洗いものをしたりするなどの業務に従事しており、他方、被控訴人は、調理師の資格がないため、寿司を握るなどの仕事は他人に委せ、開店以来一貫して会計、経理関係の業務に従事している。

(3) そして、遅くとも昭和四八年以降は、浮名寿司店の所得税の申告に当つては、良子を事業主とし、被控訴人を事業専従者として青色申告をしているが、税理士との応対、折衝等は専ら被控訴人が行つている。

(4) 浮名寿司店の店舗及び被控訴人夫婦の住居の各建物は、昭和三二、三年ころに被控訴人が費用を負担して新築したものであり、そのころ同人名義で所有権保存登記を経由している。そして、同店の金融機関との取引については、長年にわたり、債務者を良子、物上保証人を被控訴人として行つているが、借入等の手続は、被控訴人が全部行つており、良子はこれに関与したことがない。

(三)  以上に認定した各事実を総合して判断すると、浮名寿司店は、実質的には、被控訴人夫婦が共同で経営していたものというべきであり、したがつて、本件動産のうち、浮名寿司店の名で、同店の営業用に購入された原判決添付物件目録一ないし六記載の各動産は、いずれも被控訴人と良子との共有財産に属するものであつたと推定するのが相当である。そして、証人高村年勇、同土倉賢次、同村木敏夫、同森田良子の各証言及び被控訴人本人尋問の結果もいまだ右推定を覆すに足りないし、その他にこれを覆すに足りる証拠はない。

そうすると、右各動産については、いずれも被控訴人がその共有持分権を有するものというべきである。

なお、被控訴人は、本訴において、右動産全部について所有権を有する旨を主張し、共有持分権を有する旨の主張は明示にはしていないけれども、共有持分権は、制限された所有権であつて、所有権と同一の性質を有するものであり、対外的効果も所有権と同一であるから、被控訴人の所有権の主張のなかには当然に共有持分権の主張も含まれているものと解すべきである。

(四)  付言するに、共有者のうちの一部の者に対する債務名義に基づき、共有持分だけの差押えをしないで、共有物全部に対する強制執行がなされた場合には、他の共有者は、自己の持分権を主張し、その保存行為として、共有物全部に対する執行の排除を求める第三者異議の訴えを提起することができるものと解するのが相当である。したがつて、前記のとおり被控訴人と良子との共有財産であると認められる、原判決添付物件目録一ないし六記載の各動産の全部について、妻の良子に対する債務名義に基づき強制執行がなされたときには、夫である被控訴人は、右動産全部に対する執行の排除を求めることができるものというべきである。

三  最後に、控訴人の抗弁について検討するに、控訴人は、本件は、商法二三条の規定を類推適用して、控訴人を保護すべきであるかのごとく主張する。

しかしながら、商法二三条の規定の趣旨は、第三者が名義貸与者を真実の営業主であると誤認してその名義の貸与を受けた者と取引をした場合に、名義貸与者が営業主であるとの外観を信頼した第三者の受けるべき不測の損害を防止するため、第三者を保護し、取引の安全を期することにあるというべきところ(最高裁判所昭和五二年一二月二三日第二小法廷判決・民集三一巻七号一五七〇頁参照。)、取引の安全を問題にする必要のない強制執行手続には、商法の右規定を類推適用する余地のないことは明らかである。したがつて、右抗弁はその主張自体失当というべきである。

四  よつて、原判決はその結論において正当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却する

(裁判長裁判官 奥村長生 裁判官 前島勝三 笹村將文)

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